stacy's blog

ディズニーが好きな人がディズニーについて語るだけのブログ。

ファンタズミック!製作の物語

ディズニーパークの醍醐味は決してアトラクションだけではありません。一日の楽しみを締めくくるものこそが夜に行われるショーたちです。そこで今回は今なお続く大人気のショー、ファンタズミック!の製作の歴史紹介です。

ディズニーのショーと言われて多くの人々が思いつくものといえば、やはりパレードや花火などをあげるでしょう。それは今も昔も変わらずだったのだけれど、1992年に新たなショー、ファンタズミック!が誕生します。1992年、1992年ねぇ...。

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1992年4月、ユーロディズニーランド(現・ディズニーランド・パリ)が開業します。そしてディズニー社はこのパリのパーク建設で大忙し。カリフォルニアのパークは置き去りになってしまい、この1992年には新アトラクションなどの何の新要素も準備できていなかったのです。そこでパレードや花火とは全く違う新たなショーを計画しました。そして嬉しい事にこの計画が進んでいたのはパリ開業以前。つまりパリの反動で経費削減される前だったので、思う存分予算をつぎ込めました。(詳しくはインディの記事を見てね)

この新たなショー、1番の挑戦は、このショーを公演する場所をアメリカ河にした事。というのも、夜になると皆がパレードや花火を見るために城の前に集まって毎晩のように渋滞を起こしていたから。人々が分散していたらかろうじて耐えられる人口密度も、ショーのために集まってしまったらもうたまりません。何とかして、アトラクションが少ないため閑散としていたエリアに人を呼ぶ事で快適に最後までいられるようにしなければならなかったのです。

人を呼ぶためにはやはり派手にやらなくては!そう思ったのか、まず手始めにステージとなるトムソーヤ島と河をゴリゴリに改装し始めます。演出も派手に、花火や噴水、レーザーだったりとか当時まだ珍しかったウォータースクリーン、そして何と言っても火を噴くドラゴン!ディズニーが考えうる限りの特殊効果を全て詰め込みました。(こんなのパリ以降じゃ絶対出来なかったって...。)

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そして1992年5月13日、ついに公演開始!人々の想像を遥かに超えた世界観に、多くの人々が夢中となり、人を分散させようと始まったこのショーに人が押し寄せたため鑑賞スペースを広げなくてはならなかったレベル。

このショー、当初は「イマジネーション」という題名だったらしいけれども、やはり唯一無二の名であり覚えやすいものの方がいいとして、ファンタジーとミッキーの愛称ミックを掛け合わせた「ファンタズミック!」となったのです。

そしてオープニングセレモニーのマレフィセントと、当時のディズニー社CEOマイケル・アイズナーという図があまりにもシュール。見てよこの顔。

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このショーは当初5年だけの公演の予定でしたが、あまりの出来の良さ、そしてあまりの人気に継続が決定。現在も続くロングランとなりました。

そしてその人気は開始から数年後には確かなものになりました。フロリダで、このショーだけのための超巨大ステージが作られたのです。席数は驚異の6900、さらに3000人が入る立ち見エリアに囲まれるのは、15メートルの山に、船が通れるだけの巨大な湖。もちろんこれはディズニーパーク史上最大のシアターであり、それがこのショーだけのために作られたと。もし数年で人気が無くなってしまったら大赤字となる大きな決断ですが、結局今も毎日満員となるので予想は大的中!よかったね。

そんなショーの人気はもちろん世界中に伝わっていきます、東京にも。オリエンタルランドさんもこのショーを同じくアメリカ河で公演したかったものの、鑑賞スペースが一切なかったのでこれを断念。そこで、ショーのコンセプトである善と悪の戦いというものを取り扱ったパレードを作ります。それが、「ディズニー・ファンティリュージョン」終わってからかなり時間経つのに一部のファンからまだまだ強い支持があるらしいからよほど人気だったんだろうね。

そして2001年、東京ディズニーシーが開業。これによってショーが出来るだけの広い海が手に入ったわけだけど、ファンタズミック!が始まったのは開業10周年を迎えた2011年から。最初はオリジナルの「ディズニーシー・シンフォニー」でした。やっぱりアトラクションをほぼオリジナルで揃えただけあって、目玉となる夜のショーもオリジナルにしたかったんだろうね。しかもその内容はファンタジアの魔法使いの弟子を元にしたもの。明らかに意識してるし、実際にオリエンタルランドのインタビューでファンタズミック!を超えるものを作るって言っていたそう。その次は「ブラヴィッシーモ!」という名のショーで、冒頭に一瞬ミッキーが登場するだけで後はディズニーの曲もキャラも一切出ない、水の精と火の精の物語。

そして2011年、ついに、ついに!

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カリフォルニアでの初公演から20年、フロリダからも15年経っての東京到来。もちろんそのまま東京に持ってきたわけではありません。今までは河の中央に大きな島があったからそこをステージにできたけど、東京ではそれが無い。そこで上下に伸び縮みするスクリーンを持った巨大な帽子型の船を中心に浮かべ、船を丸々ステージにしてしまったと。しかもそこに花火も噴水も付けて、あの船一台の開発だけでどれだけの手間と労力と予算がかかってるのか想像もつかない。そして全方位に観客がいるのでウォータースクリーンに加えて、球体のスクリーンを4つも使い、そして巨大な滝に映し出される魔法の鏡。これらは全て、東京にステージが無いことを逆手に取った素晴らしいやり方だと思う。しかもこのハーバーの強みの一つが、大きくそびえ立つプロメテウス火山。ドラゴンの登場に合わせて大きく噴火するので、臨場感がはるかに高まります。だってトムソーヤ島は噴火しないもの。

ところで、シーの開園である2001年なんかはまだネットが普及途中だったから当時の様子はあまり見つけられないのだけど、2011年ともなるとシーでファンタズミック!をやるよっていうニュースを聞いた人々のブログが沢山見つかるのですよ。それで当時海外パークでショーを見た人が色々書いてるんだけどその内容は大きく分けて半々で、新しいショーに期待してる人と、まだ見てもいないのにあのショーは東京では出来っこないってバカにしてる人。探すとポジティブなものもどんどん出てくる代わりにネガティブなのも見えちゃうんですよ。

それでね、そのネガティブなのはもちろんまだショーが始まってないから勝手にこんな風になるだろうって予想して、だからダメだって決めつけてるんですよ。そんな文章はショーが始まってからも消さない限り残り続けるんですよ、予想が完全に外れたと判明した後も。なので、期待を胸に予想するのはすごく良いことだけど、勝手に予想してそれを基にバカにする、しかもそれをブログに書いて半永久的に残すのは良くないなぁと、この記事を書くために調べ物をしてて思った。

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ごめん話がそれたね。じゃあ最後にショーの中身についてちょっとだけ。

ディズニーで、映画でもパークでもなんでも、「夢」って言葉よく聞くじゃないですか。でも夢って2種類の意味があるんですよ。ウィキによると、

1. 睡眠中あたかも現実の経験であるかのように感じる、一連の観念や心像のこと。睡眠中にもつ幻覚のこと。
2. 将来実現させたいと思っていること。願望。願い。 

と。もともと夢って言葉は1の意味が元にあって、明治以降「Dream」の訳として2の意味もついて来たっていう説が有力らしいんだけど。

それでディズニーパークの言う「夢」はどっちの意味なんだろうって考えたことがあってね。例えば「夢と魔法の王国」っていう言葉の中だと、魔法と同列になってるんだから2の願望よりは1の寝てる時に見るやつの方が近いかなぁと。でも「夢が叶う場所」って言われると、これは2の願望の意味な気がする。だって寝てる時の夢は別に叶うものでは無いからね。

じゃあファンタズミック!ではどうだろう。このショーの中でも「夢」という言葉が何度か出てくる。例えば、ジャングルのシーンの直前、ミッキーのセリフで「おぉい、まだ夢の中なのかい?」というのがある。これは明らかに1の寝てる時の夢。だってこのショーの一連の流れはミッキーの夢の中の世界なんだから。

でもね、マレフィセントとの対決シーン、絶体絶命の状況の中ミッキーは怯えたように、けれども力強くこう言います。

「き、君がどんなに強くても、これは僕の夢なんだ!」

この夢はどちらの意味だろうと考えた時に、これはどっちの意味でも取れると思うんですよ。

もちろんここはミッキーの夢の世界なんだから、これは僕の夢なんだ、と。最初はそう考えるのが自然に思えるけど、ミッキーには何か願いがあってそれを今まさに邪魔されそうになってる。だからこそ、その悪の力を跳ね除けなければいけない、だってこれは僕の夢なんだ、と。

これには正解はないと思ってます。もちろんそのミッキーの願いというのはショーの中で語られていないから分からないけど、こう考えても何ら不自然では無いよね。深読みしすぎかな、と少し思うけれどこれは「夢」という言葉のダブルミーニングを使った、最高の言葉だと思うのですよ。

だって締めくくりの言葉は「イマジネーション!ハハッ!」イマジネーション、想像というのは"夢のような世界"の事だけじゃなく、将来の夢の事も含まれるのだから。でもこればっかりは、ミッキーに直接聞いてみないとわかりませんね。

インディ・ジョーンズ・アドベンチャー製作の歴史

ディズニーパークには映画を原作にしたアトラクションとオリジナルのアトラクションの2種類があります。そして東京ディズニーシーは世界的に見てもオリジナルのものの比重が高いパーク。そんな中で開園当初からあり、なおかつ映画が元のアトラクション、今回のアトラクション製作秘話紹介は「インディ・ジョーンズ・アドベンチャークリスタルスカルの魔宮」です。

インディ・ジョーンズは1981年に始まった人気映画シリーズ。1作目は「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」という名で公開され、決してシリーズ化を狙ったものでは無かったものの大ヒットにより人気の映画シリーズとなりました。しかし今でこそルーカスフィルム買収によりディズニーが権利を持つようになりましたが、公開当時やシーの開業時ではディズニーとは何の関係も無い映画でした。ではなぜその映画がディズニーパークにやって来たのでしょうか?答えはこのおじさんにあります。

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彼の名はマイケル・アイズナー、1984年から2005年までディズニー社のCEOだった人物です。彼がCEOとなった80年代前半のディズニー社は現在とはかなり違った様子でした。アニメはヒット作に恵まれず1989年の「リトル・マーメイド」の登場までは暗黒期と呼ばれる不遇の時代、テーマパークもウォルトが考えるような夢に溢れて皆が乗りたいと思うようなアトラクションを作り出せていませんでした。つまり会社全体がウォルトロスから抜け出せず、ウォルトと同じくらいのカリスマ性を持つ人物を欲していたのです。

アイズナーは元々パラマウント映画の会長をしており、そこで会社の業績を一気に上げたところディズニー社から引き抜かれました。そんな彼がパラマウント在職中にプロデュースした映画は例えば「ビバリーヒルズ・コップ」や「スタートレック」、そして「レイダース」。話の流れ、見えて来ました?

彼はディズニーパークに新たなやり方を提示しました。それは、比較的大人向けの映画を題材にしたアトラクションを作ること。そしてその映画はディズニー映画である必要はないと。そしてディズニーアニメが低迷している頃に映画をヒットへ何度も導いていた人物がいました。それこそスター・ウォーズとインディの生みの親、ジョージ・ルーカスでした。

ルーカスはレイダースの製作の時にアイズナーと親交があり、なおかつディズニーランドのファン。アトラクション計画の話はあっという間に進んでいきました。非ディズニー作品のアトラクションを作る、初めての試みだったものの1987年にオープンした「スター・ツアーズ」はまさしく大成功、狙い通りディズニーパークの起爆剤となりました。

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さあ次はインディの番です。1989年、「インディ・ジョーンズ:エピック・スタント・スペクタキュラー!」という名のショーをフロリダで開催して成功を収めたため、インディのアトラクション化にはとても強い自信を持っていました。だから夢は大きく、アトラクションにとどまらず一つのエリアを作っちゃえばいいじゃないか!そうして開業を控えるユーロディズニーランド(現・ディズニーランド・パリ)とカリフォルニアのディズニーランドにインディのエリアを作る計画を立てます。その計画の中にはジープで魔宮を巡るもの、トロッコを模したコースター、そしてジャングルクルーズの完全リニューアルなど様々な要素を含む画期的なものだったそう。計画は順調に進んでいました。あの日までは...。

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1992年4月12日、ユーロディズニーランドが開業するとディズニー社の人々が予想もしていなかったことが起きました。驚くほどに人が来なかったのです。まあもちろんそこら辺の遊園地よりは遥かに多くの人が来ているものの、目標を高くしすぎたためにそれに釣り合う来園者数ではありませんでした。

パリのパークは当時では最大の投資額、面積を持ち、細部までこだわって作り込まれた非常に美しいパークです。だからこそ、その作りこむのに掛かった金額は、中途半端な来園者数でカバーできるものでは無かったのです。実際に行ってみると分かるけれど、入り口の迂回路であるアーケードや城の地下など普通は通らないような場所が異常なほどにこだわって作られていて、要は調子に乗って作るのにこだわりすぎちゃったと。だからとっても美しいパリのパーク、みんな是非行って赤字を回避させてあげてください。

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さあ話を戻そう。パリでディズニーパーク初の大きな失敗をしたアイズナー達ディズニー社は、その反動でパリの真逆のことをし始めます。つまり予算を削り、あまり手の込んだことはしないと。ディズニーパーク初の暗黒期の始まりです。既にある回転が悪かったり人気が落ちたアトラクションが大量にクローズし、新たなパーク(アニマル・キングダムやカリフォルニア第2パークなど)計画の規模縮小、そして既にあるパークの計画はほとんどが破棄されます。インディエリアの将来も本気で危ぶまれたものの、かろうじて全滅することはありませんでした。それがパリにオープンした「危難の魔宮」という名のローラーコースター、そしてカリフォルニアにオープンした「インディ・ジョーンズ・アドベンチャー:禁断の瞳の魔宮」でした。

さて、パリの失敗によるコストカットの影響を唯一受けなかったパークがあります。それこそが東京。運営会社のオリエンタルランドはディズニー社とは独立した会社で、パリの失敗を気にすることなく独自に第2パークとなる東京ディズニーシーを作れたのです。彼らはテーマパーク建設の時にケチるのは良くないと分かっており、同じ年に開業したディズニー・カリフォルニア・アドベンチャー・パークの3倍にもなるほどの建設費を投入し、実際の来園者数も倍近い差が出来ました。

そんなシーを構成する7つのテーマポートの中の一つであるロストリバーデルタ、これは失われた計画であるインディエリアとなるのです。インディのアトラクションの隣には2004年開業の「レイジングスピリッツ」がありますが、これはパリにあるインディテーマのコースター「危難の魔宮」の完全なコピー。(ただしパリは美しいジャングルの自然が見えるのに対して、東京ではオフィシャルホテルと駐車場が良く見える)

そしてインディの飛行機C-3POが不時着しており、なんならインディ本人がエリアをウロついている。これはまさしくインディエリアと言ってもいいのでは!?

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こうして紆余曲折を経てようやく実現したインディのアトラクション。もちろん生半可なものでは終われません。インディの世界のようなスリルあふれる冒険をするには説得力のある世界観や技術が必要です。そこで当時開発していたEnhanced Motion Vehicle (EMV)という技術を使い、全く新しいジープを作りました。これは中央のレールに沿って進む時に曲がったり加速したりすると、座席ごと大きく傾かせるというもの。これによって決して速く動いてなくても猛スピードで進んでいるような感覚を味わえるのです。

さらにインディの映画の中で印象的なのが、超自然的な力が起きる遺跡の数々。特にレイダースの冒頭数分のシーンは、映画が始まって間もないのにドキドキさせてこの後どうなってしまうのだろうと観客を驚かせました。要はつまり心臓に悪いと。じゃあアトラクションの要素もそこを使うしかないよね!と言うことで、印象的な巨大な転がる岩など、多くの"罠"はこの数分のシーンからとられています。

そして建物の外観から始まり、待ち列(キューライン)、そしてもちろん乗っている間に見える風景は全て遺跡っぽく見えるだけでなく、実際に遺跡に取材に行き、現地の宗教観や作り方をふまえて作られているというこだわりよう。正直なところ、もうちょっと適当に作ってくれた方が怖くなくていいんだけどなぁ。

そしてこのアトラクションにとって欠かせない登場人物といえば!うん、まあインディもそうだよね、欠かせないよね。けれども、本当に欠かせないのがこのパコです!

キューラインの映像でウザいぐらい元気に安全について語り、その後も「荷物はしまった?安全ベルトもしっかりね?」と、とにかく安全には気をつける。そして「若さの泉が見つかるよう祈ってますよ!」と元気に声をかけられ出発します。

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しかし出発した途端「忘れないで、クリスタルスカルを怒らせると何が起きるかわからないよ。アディオス...」と急に声色を変えて言うのです。わあ怖い。そして実際彼が言った通り怒らせてしまい死にかけて、まあ結局脱出して...という風に続いて行きます。

面白いのが、普通にアトラクションに乗るだけではただの良いおじさんに見えるパコは、実は物語を知ると諸悪の根源である事が分かるのです。インディに助手として雇われたのに、金儲けを企んで観光客を勝手に遺跡に招き入れて大騒動を起こす。しかもシートベルトについてはあんなに口うるさく言ったのに、呪いについての忠告はなく出発してから言うという鬼畜さ。

実はこの、助手がクソ野郎だったという展開はまさに「レイダース」冒頭数分で観れたシーン。こんな所も映画から直接持ってきているんですね。

トイ・ストーリー・マニア製作の物語

東京ディズニーシーで一番好きなアトラクションは?と聞かれたら、答えは人それぞれ分かれるだろうけど、今一番人気なアトラクションは?と聞かれたらもうあれしかありません。アトラクション歴史紹介第4弾の今回は「トイ・ストーリー・マニア!」です。

1995年、初のフルCG長編映画トイ・ストーリー」で華々しいデビューを飾ったピクサー・アニメーション・スタジオ。そんなピクサー作品初のアトラクションは1998年にフロリダのマジック・キングダムでオープンした「バズ・ライトイヤー・スペースレンジャー・スピン」名前こそ若干違うものの東京のバズのアトラクションと同じシューティングタイプのアトラクションです。(ただフロリダの方が圧倒的に操作性が悪くてムズい)

このアトラクションは「トイ・ストーリー2」の冒頭、バズとその宿敵ザーグが戦うテレビゲームが元になっています。しかーし、映画の公開は1999年。なんとアトラクションより1年遅いんですね!つまりこのアトラクションは映画の製作と同時進行で進められ、ザーグの初登場というのは実は映画ではなくアトラクションだったと。

しかしこの当時、ピクサーは決してディズニー傘下ではありませんでした。ディズニーは配給だけを行う、完全に別会社。なのでこのバズのアトラクションはピクサーとのライセンス契約によるもの。ディズニーパークでは珍しい他社作品のアトラクションでした。

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しかし2006年、それも終わりを迎えます。ディズニーがピクサーを約70億ドルで買収し、子会社化します。これによってディズニーはピクサー作品をより気軽にパークに登場させられるようになったのです。その中で作る題材として上がったのが、誰もが知るピクサーの原点、「トイ・ストーリー」です。

どんなアトラクションにしようかと考えていく中で、やはりバズの大成功が頭に浮かんだことでしょう。バズは開業から10年近く経ったこの時も、そして20年経った今も常に人気で、世界6つのディズニーリゾート全てにあった数少ないアトラクションです。(香港ではクローズ済み)しかも他にコンプリートしていたのは「カルーセル」、「空飛ぶダンボ」、「スタージェット」(東京ではクローズ済み)と、昔からあるものだけ。やはりバズは他のアトラクションとは一線を画すものだったのです。

やはりバズの魅力は、ただ乗るだけでなくゲストが参加できるという事でしょう。そこで新たなアトラクションも同じくシューティングゲーム形式にする事となったのです。じゃあどんな内容にするか。このアトラクションはディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーの「パラダイス・ピア」(現・ピクサー・ピア)に作られることが決まっていたので、そのエリア設定である19世紀のビクトリア朝に流行ったカーニバルをテーマとします。正確には、カーニバルのおもちゃがテーマ。そう、おもちゃの世界は何でもありだから。アトラクションは2008年にカリフォルニアとフロリダでほぼ同時に開業し、大きな人気となりました。そして次に向かう先は東京ディズニーシーです。

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しかしここで問題発生。世界のディズニーパークの中で最もエリアの世界観にこだわっている東京ディズニーシー。当然直輸入は出来ません。

スペース的に、このアトラクションが出来るのはアメリカンウォーターフロントしかありません。しかしこのエリアの時代設定は20世紀初頭、せっかく作られたビクトリア朝という設定が使えません。そこで目をつけたのが、実際に20世紀のニューヨークにあった遊園地でした。ニューヨーク、ブルックリンの南端にコニーアイランドという島があり、そこには遊園地がありました。この時代のニューヨークに遊園地があったんだから、アメフロにも遊園地があってもいいだろ!という論理展開が凄い。こうしてディズニーシーという遊園地の中に「トイビル・トロリーパーク」という遊園地が誕生したのです。

でもそんな風に物語を作っても普通の人は何も気付かないし、めんどくさいオタクからはシーのランド化だなんだ言われてディズニー/OLCが可哀想で可哀想で...。うるさい時代は変わったんだ、素晴らしいキャラクターがいるんだからそれを使って何が悪いとしか言い様が無いよね。

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さあ、いよいよライドの中身の話へ。このアトラクションは確かにシューティングゲームだけど、普通のゲームとは明らかな違いをつける必要があった。だってワンプレイ7000円、プレイまで2時間待ちは当たり前、ファストパスという名の整理券も朝早くに売り切れるゲームが普通のゲームセンターと変わらなかったら客は怒るどころじゃ無いでしょ?でもそれは、バズで培った経験をもとに全く新しいゲームへときちんと進化しているので大丈夫。

まず最初の凄いところは、映像が全て3Dなこと。そんなに特別か?って思うけど、思い出してほしいのはこのアトラクションが出来たのは2008年、3D映画が広まりだしたのは2009年公開の「アバター」以降なので、当時としてはまだまだ珍しい技術。もちろんディズニーパークでは「ミッキーのフィルハーマジック」っていう3Dアトラクションが2003年からあるけど、自分の動きと3D映像が連動するのは楽しいじゃないですか。ね?

そしてシューティングゲームなのに撃つものが大砲なのも凄いところ。バズではよくある普通の光線銃だけれど、小さい子供にとって紐を引っ張るというのは何とも言えない喜びがあるもの。たとえ得点が上がらなくても、大砲の紐を何回でも引っ張れてその弾が目の前の3D映像に飛び出てくるって凄い楽しいじゃないですか。ね?

そして忘れちゃいけないのがライドシステム。一つのゲームが終わるごとにトラムに乗って移動をするけれど、あれって結構移動距離が長くて、決して合理的なレールの配置ではない。合理的でないってことは、意図されているということ。あれ、移動の時にめちゃくちゃ振り回されてるんですけど、気づきました?多分、回ってるなという事は分かってもどれだけ回されてるかは意識しないはず。そんな人はYouTubeで動画を見てみてください。絶対想像以上に回されてるから。このゲームからゲームへの移動は、決して大事では無い、むしろ無駄に感じるかもしれません。でも個人的にこの長めの移動こそ、似たようなタイプのゲームを5種類連続でやっているのに決して飽きたりしない秘密だと思ってます。それに移動中は隣の人と点数を見合いっこ出来るからね。

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フリーフォールのためだけに寂れたホテルを造り、ローラーコースターのためだけに巨大な山を造るディズニー。このアトラクションではシューティングゲームのためだけに、プロップスや映像を用いておもちゃのサイズになったように感じさせるスモールライトを造ったのです。つくづく凄いなぁと思う。

さて、ここまで記事を読んでくれた人のために自分が最近知った、こういったゲーム系のアトラクションで高得点を叩き出せる方法をお教えしましょう。それは...慣れです。頑張って。

センター・オブ・ジ・アース製作の物語

ディズニーのアトラクション製作の素晴らしい歴史を振り返る記事。第3弾の今回は、東京ディズニーシーの人気アトラクション「センター・オブ・ジ・アース」です。

さて、タワテラの時は1980年代まで紹介の歴史を戻しましたが、今回はどうしよう。決まってるよね、原作が書かれた1864年へ!

 

センター・オブ・ジ・アースは、フランスの作家ジュール・ヴェルヌによって書かれた『地底旅行』(英題:Journey to the Center of the Earth)が基のアトラクション。リーデンブロック教授とその甥のアクセルが地球の中心へと旅をするという内容の小説で、当時全く新しい冒険・SF小説として大流行し、この作品がヴェルヌの名を大きく広めることになります。

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彼の作品は時代を超えて多くの人々の心を魅了しました。そしてウォルトもその一人でした。彼の作品に感銘を受けたウォルトは「海底二万里」という作品を1954年に実写映画化し、圧倒的なスケールと予算と、撮影のために開発された多くの最新技術を使った本作は高い評価を得ました。1954年といえば、カリフォルニアでディズニーランドが開業したのが1955年!映画の宣伝も兼ねて、ディズニーランドの一部に映画で使われたセットを公開していたそう。しかしその後はヴェルヌに関してディズニーパーク内で大きな進展はありませんでした。それが変わるのが1970年代のこと。

1966年にウォルトという最高のビジョナリーを失ったイマジニアたちは非常に悩んでいました。というのも、フロリダでマジック・キングダムが開業し、カリフォルニアを拡張させようとする中でウォルト抜きで新たに大型アトラクションを作らなければいけなかったからです。構想段階でウォルトも関わった「ホーンテッド・マンション」や「スペース・マウンテン」と比べても決して劣らないもの。

そこでイマジニアの一人、トニー・バクスターがある案を思いついたのです。それがあの「ビックサンダーマウンテン」だった。この案はディズニーのお偉いさんから気に入られ、すぐに具体的な案が練られていくことになります。彼の手腕を知ったお偉いさんは、その隣に広がる拡張用地に作る新たなエリアの計画を彼に任せます。しかしこれはウォルトが亡くなってから最初の大規模計画、相当に悩んだことでしょう。そこで彼は思いつきます、ウォルトというビジョナリーを失ったのだから過去の最高のビジョナリー、ヴェルヌの世界観を作り上げればいいんじゃないかと。そこで考え付いたのが「ディスカバリー・ベイ」でした。

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ヴェルヌが描いた未来の世界は、今の様子とは大きく異なっています。それもそのはず、当時は機械は蒸気で動くのが当たり前で電気やガスなんて使われていません。鉄道も全てSLで、飛行機やロケットなんて夢のまた夢。そんな時代に思い描いた未来は一般に「レトロフューチャー」や「スチームパンク」と呼ばれています。もちろん考えた当人たちはレトロなんて意識は全くないんだけれどね。

実は1971年のマジック・キングダム開業時に「海底二万哩」という潜水艦型のアトラクションが同時に開業しており、それの様子を見てこのヴェルヌの世界観をより発展させたくなったのでしょう。(現在そのアトラクションは新ファンタジーランドの開業によりクローズ)

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しかしこの計画は色々あって頓挫。結局ビックサンダー横の拡張用地は日本でもお馴染み、「スプラッシュ・マウンテン」を要する「クリッターカントリー」になりました。でも計画は消えてもこの案が消滅したわけではありませんでした。これらの要素は1992年に開業したユーロ・ディズニーランド(現・ディズニーランド・パリ)のテーマランド「ディスカバリーランド」に引き継がれています。ほら、このビデオポリスという名の建物、ディスカバリー・ベイのコンセプトアートにいるでしょ?

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そしてディズニーは発案から20年経ってようやく気づくのです、「あ、レトロフューチャーって良いな」って。まあそう思ったのかは知らないけど、この直後の1996年にディズニー・MGM・スタジオ(現・ディズニー・ハリウッド・スタジオ)に地底旅行を基にしたアトラクション「センター・オブ・ジ・アース」を造る計画が始まります。元々目玉となるはずだったのに思ったように上手くいかなかった「バックロット・スタジオ・ツアー」というトラムで映画の舞台裏をめぐるアトラクションを、より激しくしようという計画だった...けれどもこれは却下に。というのも、客を増やすには既存のアトラクションのテコ入れよりも新規に作った方が良いからという意見があったようで、実際1994年開業のタワテラは大人気だし、その後の1999年に新規に作られた「ロックンローラー・コースター」もこれまた大人気。結局「スター・ウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ」建設の影響でトラムツアーも消滅したのでまあ妥当な判断だったのかなぁと。

さて時は1990年代後半、ついにあのプロジェクトがやってきます。そう、ようやく訪れた今日の本題、東京ディズニーシーです。

東京の第2パークとして、当初ディズニー社はハリスタのような映画のパークを提案したものの、オリエンタルランドは「ハリウッド映画のパークでは日本人は何度も訪れない」と拒否した話はそれなりに有名。でも今のUSJの状況を見ると、その判断はやはり正しかったのだなあと。結果として海をテーマとしたパークが作られることになるのだけれど、ここである重要な決断がなされます。それはほとんどのアトラクションをオリジナルで作り上げること。

シーには開業時に20個ほどのアトラクションがありますが、インディ・ジョーンズ・アドベンチャー、そして同時に開発され数ヶ月早くカリフォルニアで開業したジャンピン・ジェリーフィッシュを除いて全て東京オリジナルのアトラクションです。こうして新たに作られたアトラクションの中には数多くの、過去に計画されたものの日の目を見なかったアトラクションやエリアの案が含まれていました。そう、「センター・オブ・ジ・アース」もその一つだったのです。

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シーの中央に巨大な火山を置くことは計画のかなり早い段階から決まっていました。となると、そこにヴェルヌの作品を基にしたエリアを造る、そして火山の中に「センター・オブ・ジ・アース」を造るという考えも同時に立っていたことでしょう。しかし問題は、どう造るかです。元々ハリスタにできる予定だったアトラクションはトラムで巡るだけあって、決してスリル系ではありませんでした。

しかしイマジニアは、この時同時に進行していたとあるプロジェクトに目をつけます。それはフロリダのエプコットで1999年に開業した「テスト・トラック」というアトラクション。新時代の車に試乗するこのアトラクションは何ら関係の無いように見えるけれど、注目したのはその乗り物の仕組み。通常の車はもちろんタイヤを回して進むけれど、このアトラクションのために開発された仕組みはひと味もふた味も違う。詳しいことはよく分からないんだけど、中央に溝が入ったコースの上に乗り物を置いて、その溝の中で強力なモーターを動かすことで摩擦が少ない状態で急加速・急停止が出来るらしい。そのおかげで「テスト・トラック」は最高時速104km/hというディズニーパーク史上最速の速さを出しているらしい。(センターは76km/hだけど、坂だからより速く感じる)

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そしてこのアトラクションの醍醐味といえば、恐ろしく作り込まれた世界観ですよね。ディズニーのアトラクションの素晴らしいところは、物語を知らなくても楽しめるし、物語を知ると何倍にも面白さが増す所。このアトラクションはまさにそれを体現してると思うのです。

まず、このアトラクションを語るのであればもちろん避けては通れないのがヴェルヌの世界観。元々彼の小説はそれぞれが独立した話で、どれも主人公が違うもの。けれどシーのミステリアスアイランドではそれらを「海底二万里」の主人公であるネモ船長を中心に置くことで、「神秘の島」(英題がミステリアスアイランド)、「地底旅行」、「海底二万里」の3つの作品を一つに束ねた全く新しい物語を生み出しました。そして原作には無かった新たな細かい設定、ネモニウムという架空の動力源だったり、原作ではちらっと記されているだけのモビリス・イン・モビリという言葉が挨拶になっていたり。

そういう経緯があるので、アトラクションの物語も原作とは大きく異なっています。まず原作では地底世界まで徒歩で移動します。これ本読んだ時にびっくりした。この地底世界への移動法、アトラクションではテラベーターという特殊なエレベーターを使っており、結構あれ乗るの小さい時は勇気がいった。そして地底走行車に乗り込み、光るキノコや不思議な生き物、そして火山活動によってコースを外れラーバ・モンスター(ラーバとは溶岩の意味)に出会いますが、これらは全てオリジナルと言っても過言では無いものたち。ディズニー流に地底の不思議な世界を表したものなのです。

原作ではSF的に、あり得ないようだけどもしかするとあり得るかもしれない世界として地底世界を描いていましたが、ディズニーは一つのパラレルワールドとして地底世界を描いています。まるでウサギの穴に落ちたアリスのように。原作を時代に合わせて最適な状態に調理する、これは長い時間をかけて構想を練ったからでしょう。

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こういったアトラクションを楽しむ上で必要となる物語。やっぱりアトラクションに乗るには原作小説には目を通すといいかもしれませんねー。きっと訪れるゲストも多くの人々がこれらの物語を踏まえた上でアトラクションに乗って...

いるわけ無いだろ!

でもそこなんです。それが良いんです。だってディズニーってそうあるべき所だもの、こうやって作られるまでに長い歴史があり、濃い物語があるけれども決してディズニーとしてはそれを変に主張したりしないんです。どんなに濃くて素晴らしい物語を作っても、あくまでそれは待ち列の中の小道具やポスターの中にとどめて置く。しかも日本語ならある程度の人は読むだろうに、世界観を考慮して英語で書いておく。そういう所が素晴らしいなあと思うんです。

「センター・オブ・ジ・アース」はタワテラと違って物語を解説するプレショーがありません。けれども、ゲストは例え友達や恋人とのお話に夢中であったり、ずっとゲームやスマホの画面を見つめていても、ここが火山の中なんだ、これから地底世界に探検しに行くんだ!という事は必ず察するでしょう。それはこの作り込まれた世界観があったから。

しかしその世界観はパッと出来たものではありません。シーを作り上げた人々、スチームパンクをディズニーランドへ持って行こうとした人々、そして何よりもこの世界を夢見たヴェルヌという名のビジョナリー。例え初めは意図したことでは無かったとしても、彼らの積み重ねてきたその人生が今こうやって行列の絶えないアトラクションを築き上げて来たのです。だってほら、「人生は素晴らしき冒険旅行」なのだから。

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ディズニーとユニバーサルのマーベルを巡る戦い

マーベル好きの人なら一度は、東京ディズニーリゾートにマーベルのアトラクションが出来たらいいなって思う事、一度はあるでしょう。でも残念ながらその計画は全然立っていません。その理由の一つとして、ユニバーサル・スタジオの存在があるのです。

 

ディズニーとユニバーサルと言えば、テーマパーク界のトップを争う存在。そしてどちらも始まりが映画なので、沢山の自社作品をテーマとしたアトラクションがあります。しかし時には、アトラクションにしたい作品が他社の作品である事も。そんな時は提携という形で作品を自身のテーマパークに登場させるのです。特にユニバーサルは、ディズニーほど作品が有名で無いものが多いのでこの提携が多く行われています。USJでは「ユニバーサル・クール・ジャパン」なんていう、素敵なイベントがあるように、期間限定イベントでは特にこの提携が活発です。

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では常設のアトラクションではどうでしょうか。もちろんこれも例外ではなく、ディズニーも「トワイライト・ゾーン」(CBSのIP)や「アバター」(20世紀フォックスのIP)のアトラクションがあります。


そして今日の話題は、そんなユニバーサルが1999年に提携を通して造ったマーベルのアトラクションについて。フロリダ州「ユニバーサル・オーランド・リゾート」の中にマーベルがテーマのエリア「マーベル・スーパーヒーロー・アイランド」が造られました。その中のスパイダーマンのアトラクションは、USJにも「アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン・ザ・ライド 4K3D」という名で存在しています。長い。

そういったテーマパークで他作品を扱う時、大抵の場合契約の中で他のライバルが同じ作品を使えないよう制限させます。例えばUSJはこれから任天堂のエリアを作ろうとしてますが、もし仮にディズニーが同じ規模の任天堂のエリアを造ったらせっかくの新エリアが台無しです。なのでそうやって契約の中で明記し、他のテーマパークをそれを知っているので変に手を出したりしないのです。

でもマーベルだけは話が別となるのです。それは2014年にディズニーがマーベルを買収してしまったから。せっかく自社ブランドとなったマーベルをもちろんディズニーは自身のテーマパーク、ディズニーランドに登場させたい。しかしそこで足かせとなるのが、マーベル買収前に結ばれたそのユニバーサルとの契約なのです。

しかし嬉しい事に、その契約は決してユニバーサル以外でマーベル作品を登場させることを全面的に禁ずるものではありませんでした。グッジョブ、昔のマーベルの人。もちろん契約の詳しい内容は我々一般人が知りうることができませんが、今のディズニーの動きを見ればある程度推測することができます。

まず、最初にマーベルのアトラクションが出来たのが香港ディズニーランド。「アイアンマン・エクスペリエンス」と名付けられたこのアトラクションは、香港に出来たスターク・タワーを巡りアイアンマンとヒドラが対決します。

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2つ目はディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーの「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー ミッション:ブレイクアウト!」

これはタワー・オブ・テラーを大改造したもので、映画に登場したコレクターの要塞から脱出するもの。

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このアトラクションが完成した時、カリフォルニアのディズニーランドでは「サマー・オブ・ヒーローズ」というキャンペーンが行われました。実はこのキャンペーンから、ディズニーのマーベル利用に関する制約を覗き見ることが出来たのです。

まず、このキャンペーンやアトラクションにはCMなども含めて「マーベル」という名が一切使われていませんでした。香港や上海、パリではごく普通にマーベルという名が使われているので、これは契約が理由の可能性が極めて高いです。

さらにカリフォルニアではアイアンマンやキャプテン・アメリカスパイダーマンをはじめとした多くの有名キャラクターがパークに登場していたのに対し、フロリダではガーディアンズドクター・ストレンジなど、決してどメジャーでは無いキャラクターしか登場していません。(ファンの皆さん、語弊は無いです)

これはユニバーサルの中でマーベルが登場するのがフロリダだけなのが理由と思われます。そこではアベンジャーズやXメンなど主要キャラが登場しているので、そこに出ていないキャラのみディズニーでも登場させれるのでしょう。

 

さて、長い長い前提を経てようやく日本の話。実は今ディズニーパークの中でマーベル作品が登場しているのが、カリフォルニア、フロリダ、パリ、香港、上海、クルーズと、要は東京以外の全て。日本でマーベルが出ないのは知名度のせいもあるかもしれないけれど、ここまで来ると流石にそれだけが理由では無いような気がしてきます。最近映画もヒットしてきて、知名度も上がってきてるし。そうなると、理由としてユニバーサルの存在があるような気がしてならないのです。

先ほども言った通りUSJにはスパイダーマンのアトラクションがあるので、フロリダと同じような制約が課されることが想像できます。

つまり、

1. USJで使われているスパイダーマンは登場させられない

2. 「マーベル」という名前は(宣伝であっても)使用できない

という事。1は別に大きな問題ではありません。スパイダーマンとその関連キャラなんて数えるほどしかいないのだから。でも2は大変。アメリカならマーベルの浸透率がすごいのでキャラの顔を見ただけでマーベルだと分かるし、客も呼べる。しかし日本だと中々そう上手くはいかないものです。せっかくMARVELって書かれたTシャツとか流行ってるから、それを使えれば客を呼べそうなものだけどもねえ。

なので東京ディズニーランドにマーベルがやって来ないのはこれが原因なのかなぁと。でもやって来れないわけでは無いのは事実。その証拠にほら、

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そう、全く知られていない事実として「ベイマックス」はマーベル原作。つまりそれを基にしたアトラクションは東京初のマーベルアトラクション!には一応なるんだけれども、何かが違う感は否めない。でもこれぐらいなんだもの、日本でマーベルの名を使わなくても客を呼べる作品。

さて、今後はどうなるんだろう。世界各地のディズニーパークでマーベルをテーマとしたエリア建設が進む中(画像は香港)、東京は、東京だけは音沙汰なし。

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ハロウィン期間の仮装も、「マーベル社のキャラクターへの仮装はご遠慮ください」と言われる始末。スター・ウォーズキングダム ハーツはアリなのに!まあ誰かがスパイダーマンの仮装でもしたらシャレにならないものね。さあ、この状況は今後変わるのでしょうか。

カリブの海賊製作の物語

全てのアトラクションには美しい製作の物語がある - stacy

今回ご紹介するのはカリブの海賊。50年以上愛され続けているこのアトラクションには素晴らしい製作秘話という物語がありました。

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このアトラクションが最初にカリフォルニアで開業したのは1967年、ウォルト・ディズニーの死のわずか3ヶ月後でした。このアトラクションはウォルトが製作に大きく関わった最後のアトラクションであり、このアトラクションをウォルトの人生の集大成と捉えるファンもいます。

この動画は開業の直前、ウォルトとディズニーランド初のアンバサダー、ジュリー・カサレットがカリブの海賊の構想を話している様子の動画。模型や絵を使いながら世界観をジュリーと観客に説明しているのですが、この動画一つからでもウォルトの海賊に対する捉え方がわかります。

海賊というのはもちろん悪い人です。街を襲い、金品を盗む。けれどもそんな姿に惹かれる人も多いのは、海賊をテーマとした作品が多いことからもわかるでしょう。麦わらのなんちゃらとか。

ウォルトもそのうちの一人でした。彼は海賊の文化に興味を持ち、過去には「宝島」という海賊映画もウォルトの指揮のもと製作されています。カリブ海沿岸の街へ多くのイマジニアが調査をしに行き、時代考証などを重ねました。

そしてウォルトはこのアトラクション製作に関し、決して海賊をただの悪者にせず、お茶目な一面も備えたものにするよう強くこだわりました。つまりディズニーの海賊は悪人ではなく悪役なのだと。この考え方は、後の映画にも大きく影響を与えるでしょう。

そしてこのアトラクションは特に、映画に入り込んだような場面転換を体験できるようこだわったと言います。入り口は普通の建物、でもボートに乗り込み滝を落ちると海賊の死の世界、そして海賊が動く世界へと誘われる。そしてクライマックスには火をつける!そう上の動画の最後の方でウォルトは満面の笑みで語っています。

「さあ周りは一面の火だ、どうやってここを抜け出す?」ウォルトはジュリーに尋ねます。「ここへは滝を下ってやってきた。という事は...」「滝を...上る?」「そう、ディズニーランドに不可能は無いのさ。(Right. Anything is possible in Disneyland.)」そう語るウォルトの表情には、彼のディズニーランドというものに対する圧倒的な自信を感じさせます。このアトラクションがウォルトの集大成という意見、少しはわかったのでは無いでしょうか。

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そしてこのアトラクションの醍醐味といえば、頭を回り続ける「ヨーホー」という曲。この曲はジョージ・ブランズとザビエル・アテンシオという二人によって作られたのですが、このうちの一人アテンシオさんはこれまで作曲・作詞経験のないアニメーターでした。なんとチャレンジ精神が大好きだったウォルトに、半ば無理矢理やらされたそう。しかしここで作詞の才能が開花したアテンシオさんは、後にホーンテッド・マンションの「グリム・グリニング・ゴースト」の作詞も手がけることになります。凄いねぇ。

さあ、時は流れ2003年。このアトラクションを一躍有名にした作品が公開されます。皆さんご存知「パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち」は、全世界で大ヒットとなり、主人公ジャック・スパロウジョニー・デップの代名詞ともなります。

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そもそもこれは、アトラクション実写映画化プロジェクトの1つに過ぎませんでした。しかし他の二つ、すなわちエディ・マーフィ主演の「ホーンテッド・マンション」と「カントリー・ベアーズ」が結構微妙な興行成績で終わり、知名度もあまり高くならずに終わってしまいました。ところがこれだけは違ったと。

もちろん予算の違いとかはあるものの、当時絶対に売れないと言われていた海賊映画がヒットしたのは多くの映画関係者にとって衝撃でした。アトラクションの雰囲気を残しつつ、斬新なキャラクターや世界観、ハンス・ジマーの素晴らしい音楽など、最高の作品に仕上がりました。

当初この映画のタイトルは単純に「Pirates of the Caribbean」となる予定でしたが、公開直前になって「Pirates of the Caribbean: The Curse of the Black Pearl」と副題が付けられたのです。副題がついたという事は、続編を作る気があるよって意味。そしてデッドマンズ・チェスト、ワールド・エンド、生命の泉、最後の海賊と一大フランチャイズに進化しました。僕はワールド・エンドが好きです。

こんな風に映画がヒットしたら、アトラクション側も黙ってはいられない。2006年頃、カリフォルニア、フロリダ、東京で映画に登場するジャック、バルボッサ、ジョーンズの要素が追加されました。

特にジャックが登場する最後の黄金に囲まれた部屋のシーン。あそこにジャックを追加したという事は、アトラクションの締めくくりとなるゲストを現実世界へと戻す役割をジャックが担う事になったのです。それって凄い事だと思うのですよ。

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しかし映画は、シリーズ開始直後の勢いはどうしても衰えてしまい、そもそも最近はカリブの海賊ほんと関係なくなってきてる。1作目こそアトラクションのシーンを取り入れてたけど、最近A Pirate's Life for Meって言わせておけばいい感ある。なので今はアトラクションの独自進化の時代です。それが...知ってる人もいるかな?上海版カリブです。

カリブの海賊は完成当時、最新技術か最新を超えた先の技術をふんだんに使用していました。しかしそれも60年代の最新。50年経ったのだから、全く新しい技術を使ってもいいはずだ!それが上海カリブ。乗った事がなくて感想を知りたいなら他のブログも詳しく書いてるでしょう。でもおそらくその感想の中身は一致してるはず、「すげぇ!」って。

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上海カリブは、映画公開以降初めて一から作られたバージョン。つまり、アトラクションを基にした映画を基にしたアトラクションという事。わあ頭おかしい。

かつてウォルトさんは、リアルな海賊を沢山の動く人形(オーディオ・アニマトロニクス)で表現しようとしました。でも今のディズニーには、人形はそんなに沢山いらなかったのです。必要なのは巨大な舞台装置、自由自在に動き視点を誘導できるボート、そして巨大なスクリーン。これらによってかつてウォルトが望んだ映画に入り込む感覚、すなわち没入感を演出したのです。

そこではどこまでが本当の水でどこまでが映像か、どれが実際の物でどれが映し出された光の集まりか、そしてこれは本当にただのアトラクションなのかそれとも本当に海の中なのか。そう、目に見えるものが真実とは限らない。本当の没入感が何なのかを教えてくれる事になるでしょう。

 

さて、ここからはちょっと余談。上海カリブの完成後、ディズニーランド・パリの25周年を記念してジャックとバルボッサが追加されました。つまりアメリカと日本で10年前に行ったアップデートを今更やったと。(なのでネットで調べても「パリに映画のキャラは登場していない」という文があるところも多い)

でもパリにとって激しいプレッシャーだったと思うんですよ、あんな上海カリブを見せられたら。でもそこをおそらく限られた予算で、何も知らずに見るとわっと驚く演出をしてくれたのは凄いと思うのです。動画の7分頃、バルボッサに注目して是非見てみてください。何ならパリに直接足を運んでみるってのも...それだったら上海行くか。

タワー・オブ・テラー製作の物語

全てのアトラクションには2つの物語があります。一つはアトラクションのために作られた架空の物語、いわゆるBGS(バックグラウンドストーリー)と呼ばれるもの。そしてもう1つはそれを作るに至った制作秘話という物語。

今回紹介する人気アトラクション「タワー・オブ・テラー」は、完成までに長い歴史がある非常に素敵な物語があったのです。

東京ディズニーシータワー・オブ・テラーが開業したのは2006年、シー開園5周年を記念したものでした。もちろんこの紹介もその時期から始める事は出来ますが、せっかくなので時間をもっと昔に戻しましょう。ズバリ、1982年まで。

 

アメリカの人気テーマパーク、シックス・フラッグスが造った「フリーフォール」というアトラクションがあります。これは乗り物が水平に移動した後に上に登り、そのまま重力に従って落下。すごく単純な構造ですが、この当時としてはとっても画期的なもの。だってローラーコースターのあの体が浮く感覚をダイレクトに感じられるんだもの。わずか数秒の体験に大行列が出来、世界中に同じ構造の物が作られました。画像は三重県長島スパーランドのもの。

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このフリーフォールのブームにディズニーも黙って見ていてはいられません。当時計画中だったユーロ・ディズニーランド(現:ディズニーランド・パリ)にこれを作ろうとします。しかもご存知人気アトラクション、スペースマウンテンの代わりとして。

今から考えるとあり得ないでしょ?あのスペースマウンテンの代わりがたった数秒間落下するだけの単純なアトラクションだなんて。それでも、ディスカバリーランドの雰囲気に合うように、スチームパンクを基にしていてカッコいいのはカッコいいけどね。

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結局理由は不明なものの、このフリーフォール案は却下され、普通にスペースマウンテンを作る事になりました。でもこの決断は英断と言えます。何故ならフリーフォールはその後、人気の低下や相次ぐ事故によって90年代にはほとんどが取り壊されましたので。まあディズニーが作ってたらその歴史が変わっていたかもしれないけど。

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こうしてディズニーランド・パリでのフリーフォールは陽の目を見る事はなかったけれど、そこへ新たな計画が浮上します。それがフロリダのディズニー・MGM・スタジオ(現:ディズニー・ハリウッド・スタジオ)の大拡張計画です。決して広いとは言えず、大人気アトラクションも無かったハリスタに作るアトラクションの案として上がったのが、フリーフォールの進化版、ドロップタワー。

フリーフォールはただ重力に任せて落ちるだけだったのが、これは自由に速さを変えることが出来、急上昇させることだって出来ます。この仕組みを使って、ディズニーはホーンテッドマンションを超える最恐のアトラクション、名付けて「タワー・オブ・テラー」を作る事にしたのです。

この最恐のアトラクションの簡単な設定は当初から定まっていました。ハリウッドのホテルを舞台にし、エレベーターに乗り込むと落下するのだと。でもその怖さを引き立たせるにはそれだけ説得力を持つ物語が必要です。

何せハリスタは映画のパーク、残念ながらディズニーはほとんどホラー映画を作ってないので(マイナーな短編の怖いやつなら山ほどあるけど)、有名な作家であるメル・ブルックススティーブン・キングに相談をします。でも、いざ相談してからディズニーのお偉いさん達は気づきます。これ...ディズニーっぽくない。

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いくら怖いアトラクションを作ると言っても、何せここは夢が叶う場所と銘打ってるので、アホみたいに怖すぎるのはディズニーにふさわしくないのです。じゃあどうしよう、怖さはあるけど、その中で純粋な面白さを感じられる作品。そこで目をつけたのが「トワイライト・ゾーン」でした。アメリカのテレビ局CBSで放送され、カルト的な人気を巻き起こしたテレビドラマ。日本でいうと「世にも奇妙な物語」を想像してもらえると分かりやすい。

毎回設定の違う話の中で、登場人物が皆トワイライト・ゾーンという異次元に引き込まれるというホラー作品。ならそうなると、アトラクションに乗るゲストがドラマの主人公になれば良い。まさにこのアトラクションに最適な作品でした。たとえ乗り物の激しさでは他の遊園地が勝っていたとしても、雰囲気でブチのめす。まさにディズニーらしいやり方ですね。好き。

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さて、ようやく話の舞台は日本へ。お待たせしました。1994年に開業したタワー・オブ・テラーですが、この時期と言えば東京ディズニーシーの開園に向け計画が進められていた頃。この頃の計画ではタワー・オブ・テラーが開園と同時に出来る予定で、この画像を見てください。このコンセプトアートでは、びっくりするくらい小さな乗り物(これめちゃくちゃ怖くない?)に、見慣れない灯台。これは当初ディズニーシーのシンボルになるはずだった灯台で、それだけ昔から案があった事がわかります。何ならこの乗り物の形的に、フロリダ版が出来る前の絵の可能性もあるし。

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でも、その後のお楽しみ要素に取っておきたかったのか、純粋に間に合わなかったのか、開業は2006年まで待つ事になります。という事で、フロリダの次の建設予定地として候補に上がったのが、カリフォルニアのディズニーランドです。

当初は仕組みはそのままで、物語を大きく変える事でよりマイルドな物を作ろうと考えていたそう。でも、面倒になったのかなんなのか、結局物語はそのままでディズニーランドのお隣のディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーに2004年に開業し、世界で2番目のタワテラが誕生しました。

そこでいくつかフロリダ版から変更は加わったのですが、それは珍しく要素の追加ではなく削ぎ落とし。タワテラは激しく落下する前に2回扉が開き、映像が流れます。フロリダ版では、まず幽霊となった人々が手招きをし、その後エレベーターが前に動きます。でもカリフォルニア版では幽霊が手招きした後、鏡に映った自分たちの様子が変化する...という映像を見るものになりました。この鏡のシーンはその後造られたパリ、東京でも見ることができます。

自分はまあ日本人なので、初めて乗ったタワテラは東京なのですよ。そしてカリフォルニア、パリと乗って、2番目の部屋は鏡が出てくるだと思い込んでたわけ。それでフロリダ版を乗ったら、想像と全く違う景色が見えて突然エレベーターが前に進むんだもん。まあ怖くて怖くて。死ぬかと思った。

そして知っている人もいるかもしれないけど、カリフォルニアのタワー・オブ・テラーは、マーベル映画「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のものにガラッとリニューアルされました。乗りたい。

そしてカリフォルニアと同じく2004年に開業予定だったパリでは、予算の問題により2007年までずれ込みます。中身はカリフォルニアと全く一緒ね。こうしてパリは、当初の計画から20年経って、ついにフリーフォール型のアトラクションを手に入れられたのです。長かったね。

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さあ、そろそろ東京版の計画が再び動き出す頃です。当初の予定から開業は5年遅れることになりましたが、それはディズニーにとってチャンスでもありました。何故なら日本であまり馴染みのない「トワイライト・ゾーン」という物語を大改造できる時間が沢山できたのですから。

もちろんトワイライト・ゾーンが日本でアメリカほどの馴染みがないとは言え、全く知られていないわけではありません。過去には「ミステリー・ゾーン」という名で放送されていたらしいですし、そもそもこの不気味なイントロは凄く有名。なので、宣伝活動をして話を広めれば、決して導入が不可能なわけではありませんでした。

でも先ほども言ったように、トワイライト・ゾーンは非ディズニー作品。あまり有名でないなら、頑張って他者の作品を広めるよりも自分たちで新しい物語を考えた方がいいと思ったのでしょう。その人達に心から言いたい、ありがとうと。

東京ディズニーシーは世界のディズニーパークで一番物語が作り込まれているパークです。これは断言できる。決して普通に遊んでいるだけでは気づかないちょっとした小物や、ほとんどの人がそもそも読まないじゃなくて読めない英字新聞だってきちんとエリアの物語に沿って作られています。こんなパーク他に無いって。

タワー・オブ・テラーが出来るアメリカンウォーターフロントも、もちろん同じように20世紀初頭のニューヨークをテーマとし、様々な建物が軒を連ねています。が、今でこそ人気アトラクションがあるけれど開業当時はタワテラも無い、トータルタークも無い、トイマニも無い、スッカスカなエリアだったのです。これは勿体無い。という事で、せっかく一から物語を作るならエリアに根付いた物語を作ろうという方向へ動き出します。ああ、ありがたい。

この新生タワテラ製作の総指揮をとったのがこの方、イマジニアジョー・ロードさん。(英語の発音に忠実に直すとジョー・ローディさん)

この人こそが、主人公ハリソン・ハイタワー3世のモデルとなった人です。この人が作る施設は、どれも深い物語が付いてくる事で有名です。あとディズニーパーク好きにとっては、恐ろしく引き伸ばされた左耳も有名。

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とにかくロード氏の指揮により、ものすごく濃厚な物語が紡がれる事になります。そしてこの物語の凄いところは、知らなくてもこれっぽっちも楽しさに影響が無いところ。

まずアトラクションに入ると、乗り物に乗る前にプレショーが行われる部屋に通されます。そこで、ハイタワー3世という人が、シリキ・ウトゥンドゥの呪いにかかったと説明される。はい、アトラクションを楽しむ時に知るべき情報はこれだけで済むんです。この情報を知る事で、ただの落ちるエレベーターが呪いの偶像によるものだと感じられるんです。

しかーし!それで終わらせないのがディズニー流。アトラクションの開業時に、独自の物語を説明するため様々な媒体で宣伝が行われました。ウェブサイト、漫画(作者はなんと宇宙兄弟小山宙哉さん!)、ラジオドラマまで!今では見ることはできないものがほとんどだけど(漫画は無断転載が大量にあるけど)、一つのアトラクションの物語を解説するためにそこまでやる!?っていう豪華さ。でも、それをするだけの価値がある物語なんですよこれ...。

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とまあ、ここから先へ進むとアトラクション製作の物語でなくアトラクションの物語に入っていってしまうので悲しいけれど割愛。でもその物語は、確かにアトラクションで完結するものではなく、S.S.コロンビア号やニューヨークグローブ通信など、アトラクション完成時以前からある建物を物語に巻き込むっていうのは本当にすごいことだと思うんだ。詳しくはこちらを。

さあ、長かった記事ももうすぐ大詰め。まとめに入ろう。

そんなこんなで、あなたのお気に入りのアトラクションには作られた物語だけでなく、作った人の想いの物語もあるんだよという事を伝えたいのです。それはタワー・オブ・テラーだけじゃなくどんな物にも。そんな事を考えながら乗ると、また違った景色が見えるかもね。

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