ユニバーサルのハリー・ポッターはどうしてこんなに凄いのか

ユニバーサル・スタジオの「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」というエリア。あれ、凄いですよね。凄いっていうのは感動とか驚きとか興奮とか全て含めた意味で。

この記事ではその凄さについて語りたいんだけど、ここで語りたいのはただのエリア紹介じゃあない。どうしてこんなに凄いのが出来たかという歴史や、何が他と違うのかという裏側について。

このブログにしては珍しくディズニーでは無いけど、でもものすごくディズニーなそんなお話。

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ディズニーとユニバーサル、言わずと知れたテーマパークの二大巨頭。今でこそこの二つは並べて言われるけど、始まりは大分違う場所でした。

20世紀半ば、人々の最大の娯楽が映画であり「ハリウッド」という言葉が憧れを意味していた時代。ユニバーサルをはじめとした映画スタジオはある事業を始めます。その名もスタジオツアー。映画で使われた小道具を見たり、撮影中の舞台裏を覗いたり。ひょっとしたら有名なスターにも会えるかもしれない!そんなスタジオツアーには毎日たくさんの客が訪れました。

しかしディズニーは一向にスタジオツアーを始める気配がありませんでした。当然人々は問います、なぜディズニーはスタジオツアーをやらないのかと。するとディズニーはこう言いました。「アニメの製作なんて見てもつまらないぞ」と。そう、アニメの製作は人々が机に向かってひたすら絵を描くばかり。映画の小道具も、憧れのスターも全て紙の中にしか存在しません。華やかさに欠けるのは仕方がない事でした。

しかし人々の声は大きくなるばかり。そこでウォルトさんが立ち上がります。スタジオの裏にディズニーがテーマの子供達が楽しめる「ミッキーマウス・パーク」という公園を作ろうと。計画を進めるうちに多分ウォルトさんが楽しくなってったんだろうね。その計画はどんどん大きくなり、行き着いた先は皆さんご存知の通り。

つまりディズニーランドは無から生まれたのに対し、ユニバーサルは元々あったスタジオツアーをよりエンタメ方向に振り切ったもの。コンセプトから何から違っていたので、同じロサンゼルス近郊にあったこの2つは対立する事なく平和に暮らしていました。

しかしそれが変わるのが1980年代。ディズニーワールドがあるフロリダの地にユニバーサルがやってくる事になったのです。客を取られるなんて冗談じゃない!と思ったディズニーは対抗するために、割と汚い手段に出ます。ユニバーサルの原点であり新たな目玉であるはずだったスタジオツアーを先に始めたのです。それも「ディズニー・MGM・スタジオ」(現:ディズニー・ハリウッド・スタジオ)という映画の舞台裏が体験できる新たなパークで。ディズニーは、先手を打った事でユニバーサルがフロリダ進出を諦めてくれるのを密かに期待していましたが、ユニバーサルはそれでもへこたれませんでした。

スタジオツアーは諦めるしかない、じゃあそれよりももっと良いものを作れば良いじゃないか!ディズニーの対抗心は結果としてユニバーサルを成長させ、ジョーズやバック・トゥ・ザ・フューチャーなどの新しいライドが誕生したのです。面白い事にこの一連の出来事で、ディズニーはよりユニバーサルらしく、ユニバーサルはよりディズニーらしく変わったのです。

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さて、そろそろ本題のあれが出てくる頃合いだ。1997年、イギリスで無名の作家が出版した小説が、誰も予想しなかった爆発的ヒットとなります。その名もハリー・ポッターと賢者の石。社会現象を巻き起こしたこの作品、当然テーマパーク業界も黙っちゃいない。

テーマパークというのは料理と同じ。物語という具材があり、それを適切に調理する事で最高の料理が生まれる。ハリー・ポッターという物語は明らかに最高の具材だった。要はA5ランクの黒毛和牛みたいなもん。

そんな最高の具材を料理するとなった時、当然様々な料理人が調理を願い出る。そして最後に残ったのはシェフ・ディズニーとシェフ・ユニバーサルだったと。

ここでディズニーにとって予期しなかったである事が起きる。原作者のJ. K. ローリングがディズニーを快く思っていなかったのだ。彼女は自分が作ったこの小説を愛しており、ディズニーに好き勝手されるのは何としても避けたかった。というのは、ディズニーに「スター・ツアーズ」が出来て以降、ミッキー達がスター・ウォーズのキャラの格好をしたぬいぐるみが売られたり、ダース・ヴェイダーがポップミュージックにのって踊りだすイベントをやったりしていたので、そうなって欲しくなかったんだろうね。

この原作者の鶴の一声によってテーマパークはユニバーサルが作る事になった。というのも映画などと違い、小説はこの人が作ったという権利の所在がはっきりして集中しているので原作者が断ったらもう最後、ディズニーはどうする事も出来ないのだった。

 

さあハリポタという最高の物語が手に入った。ここで実はほとんどの人が知らないであろう話がある。実はユニバーサル、この最高級の肉を焦がして料理を台無しにするところだったのだ。

元々ユニバーサルは大きな劇場を使ったショーをやるつもりで、それ以上の展開はあまり考えていなかった。せいぜいフロリダのパークにあったロスト・コンティネントというエリアの一部を改造するぐらいで、絵を見ただけでスケールが今あるものと全く違うという事が分かるはず。ハリポタを手に入れながらその可能性を低く見過ぎてしまっていたのです。これが出来ていたら、確実に今ほど話題にならず、ユニバーサルどころかディズニーまでもを揺るがす起爆剤にはならなかっただろう。

うーん、焦がすというよりは生焼けの方が近いかな。

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それが変わったのが映画の存在。2001年から始まった映画シリーズは大ヒット、そこでユニバーサルは映画の中とテーマパークの中は同じ景観を持つべきだという結論に辿り着き、映画を製作しているワーナー・ブラザーズと全面協力する事に。しかし彼らは1年か2年おきに映画を一本作るという正気の沙汰でないスケジュールで動いているので、中々テーマパークまで手が回りません。結局完成したのは小説は完結済み、映画も完結目前の2010年の事でした。(日本は2014年、ハリウッドは2016年)

そしてテーマパークにおいて、時間をかければかけるほどその質は高まっていきます。はい、ここ重要。ユニバーサルはこの長い構想を経て、映画の中と全く同じ世界を作りました。というのも、そこには原作者J. K. ローリング女史の強い要望と熱意があったから。

テーマパークというのは現実世界から隔絶され、意図的に作られた特別な場所。彼女はこのエリアにその"異空間さ"を強く求め、現実世界はおろかテーマパーク内の他のエリアとも隔絶するよう求めました。

具体的に言うとエリア内では、他の作品のキャラは登場させない、世界観にそぐわない飲食物やグッズは出さない、キャラのグリーティングは行わない、などなど。この方針は最早テーマパークの作り込まれた世界が日常になって来ている人にとっても新鮮に味わえる、素晴らしい方針だと思う。

実は意外な事に何十年にも渡るテーマパークの歴史の中で、映画のシーンをそっくりそのまま再現したエリアっていうのはこれが初なんだよね。

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さて、このエリアの凄い所をいくつか挙げてみよう。まずはさっき言った、異常なまでの世界観の作り込み。

じゃあ次はメインの乗り物について。ホグワーツ城の中にあるのが「ハリー・ポッター・アンド・ザ・フォービドゥン・ジャーニー」という長ーい名前の乗り物。なんで日本語にする時に訳さずそんままカタカナにしちゃったんだろうね。禁じられた旅でいいじゃん。そしたらなんだ、お前はハリー・ポッター・アンド・ザ・フィロソファーズ・ストーンとか言うか?言わないでしょ?

とにかく、この乗り物は驚くほど難易度が高い。というのは乗る人をかなり選ぶという意味で、小さい子供はまず無理。普通に怖すぎるし、身長122cmないと乗れないし。おまけにお年寄りとか体の弱い人は厳しいし、酔いやすい人は即死レベル。ちなみに僕は酔いはしなかったけど、蜘蛛とか吸魂鬼が怖過ぎて無理だったので、出来ればあまりもう乗りたくないです。はい。

本当に、あの怖さに設定したユニバーサルの人は凄いと思う。ファミリー向けコースターを作るぐらい小さい子供が来ることを見込んでなおこれ作るんだもん。攻めてんなぁ、ユニバーサル。

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そしてさらに凄い所を。テーマパークは結局のところ商売なので、来た人にお金を落としてもらわなきゃいけない。主な収益と言えば、入園料、食事、グッズ、ホテルとかかな。さて、この中で一番楽に売り上げを倍に出来るのはどれでしょうか。

入園料を倍にしたら客が減るし、食事も人間の胃袋の限界があるので量は増やせないしユニバーサルは既に限界ギリギリか超えるぐらいまで食べ物の値段を上げてるので激しい値上げも厳しい。ホテルだって泊まれる人の数は決まってるからそう売り上げは伸ばせない。そうなると自然と、グッズの売り上げを伸ばすのが楽な事に気づくはず。

さあどうすれば売り上げが伸びるのか。簡単、もう買うしかない状況にさせればいい。魔法を使ってね。

ハリポタの世界で欠かせないのが魔法の杖。当然グッズとして売り出します。しかし私たちマグルは、それを持ってもやはりただの棒。しかしそこを変えるのがテーマパーク、そこにいる時間だけでもただの棒を魔法の杖にすれば良い。

このエリア内にはオリバンダーの店があります。映画さながらに作られた店では、杖が持ち主を選ぶ。20人ほどの中から選ばれた幸運な1人は杖を持った途端、映画のハリーのように光が当たり、風が吹き、音楽が流れます。この体験が終わった後、この選ばれたゲストはこの杖を買うかどうかを聞かれると。自分なら確実にこう答えるよ、「買いまーすっ!」

人間誰しも物に愛着を持つようになるけど大抵それは買った後で、流石にお店に並んでいる状態の品物に愛着を覚える人は少ないはず。でもこの店では、まだ杖を購入すると決めてない時点でこんな体験をさせて杖に愛着を持たせる。「だって杖が君を選んだんだよ?」って。そうなるともうこれはただの棒では無い、本物の魔法の杖に進化するってわけ。

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でもこのオリバンダーの店では全ての人がこの体験をできるわけじゃ無い。どうしようか、でもそんなの簡単。他の人を羨ましがらせれば良い。このエリア内にはいくつも魔法が使えるスポットがあって、特定の呪文と動作をする事で特別な事が起きます。もちろん、杖を購入した人限定で。

この仕組みによって、ゲストは杖という物を買うだけじゃなく、杖によって得られる体験を買っているのです。本当にただの棒に5000円払える人は少数だけど、それによって魔法が使えるなら5000円の価値はある!と考える人は一定数いるはず。

そしてこの魔法のスポットはエリア内の至る所にあるんです。オリバンダーの店での出来事は一回で20人ぐらいしか見れないけど、その辺の道で魔法を使っている姿はエリアを訪れた人全員が目にするので、その中には「魔法だ!私もやりたい!」と駄々をこねる少年少女がいる事でしょう。そしてその横には息子・娘に激甘な財布の紐がゆるい親や祖父母も。

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さて、知っている人もいるだろうか。日本とハリウッドにはこのホグワーツ城とホグズミードしか無いけど、フロリダにはもう一つエリアがある事を。

フロリダには「ユニバーサル・スタジオ・フロリダ」と「アイランズ・オブ・アドベンチャー」の2つのパークがあります。最初にハリポタが出来たのが「アイランズ〜」の方。そして人気だからエリアを拡張すると決めた時、普通は最初のエリアのすぐ隣に作るものの、ユニバーサルは発想の転換に出ます。「そしたらさ、隣のパークに作っちゃわない?」

その時ハリポタエリアが超人気のため客は皆「アイランズ〜」に流れてしまっていました。確かに両方のパークにハリポタがあれば客は偏らない。

「でもさ、どうやってみんな移動するの?一々パークの出口まで出てから入り直すとか無理じゃない?」

その解決方法がこれまた革命的なのですが、ひとまず置いておいてこのエリアの紹介をしちゃいましょう。

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作ったのはロンドンの街並み。もちろんそれはハリポタ世界のロンドンで、キングス・クロス駅などの表世界とダイアゴン横丁とグリンゴッツ銀行が同居している世界。このエリアも凄さが詰め込まれているのです。

まず凄いのは、ダイアゴン横丁への入り方が非常にわかりにくくなっていること。この横丁は魔法使いとその関係者しか入れないので確かに物語上は入り口はわかりづらくあるべき。それをテーマパークでも再現しちゃったというところが凄すぎる。映画でも印象的な、レンガを杖で叩くとレンガが移動して横丁の景色が広がる様をまさに体験できるというわけ。さらに入り口を狭く分かりづらくしたことで、ダイアゴン横丁の不思議な景観をより特徴づけることになるのです。

そしてここの目玉がグリンゴッツ銀行、ホグワーツの次に安全と言われていたくせに定期的に金庫破りに入られてる事で有名なゴブリンの銀行ね。ここでは3D映像とローラーコースターが合わさった全く新しい「エスケープ・フロム・グリンゴッツ」という乗り物があるんだけど、これがまあ凄い。ただでさえ動きの激しいコースターが映像と組み合わさることで果てしない奥行きと臨場感が味わえて、個人的にはフォービドゥン・ジャーニーの数倍好きです。フロリダにしかないのが本当に残念。

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さて、再び戻るのはこのロンドンとホグワーツをつなぐにはどうすればいいかという話。物語を知っていれば、その答えはもう決まっています。ユニバーサルはホグワーツ特急を作ったのです。

テーマパーク内を走る列車なんて珍しくもないけど、本当に凄いのは駅の場所。先程も行ったように2つのエリアはパークをまたいでいるためこの列車に乗ると違うパークに移ることになる、つまりこの列車に乗るには両方のパークの入場券が必要になります。凄くない?突然入園料を倍に設定したら客は減るけど、あえて倍近い値段のチケットを選ばせることで、強い反感を買うことなく入園料の売上を増やしたのだと。もうユニバーサル、感動的に賢すぎる。

しかもこのホグワーツ特急はただの移動手段ではありません。先程も行ったようにロンドンエリアにはキングス・クロス駅があるので、列車に乗るのは皆さんご存知9と4分の3番線から。もちろん柱を通り抜けてね。列車の中も窓と扉が液晶画面になっているので、つまらないユニバーサルのバックヤードを見ることもなくハリポタの世界に浸ったままホグズミードへ移動できます。まさに盛りだくさん、熱狂的なハリポタファンが供給過多で血を吐いて倒れるレベル。(知らないけど)フロリダいいとこ、一度はおいで。

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さあ、せっかくここはディズニーブログなのでディズニーの話もしようか。一つの映画の世界を忠実に再現したエリアを最初に作ったのはユニバーサルだったと。でもこれは全く新しい手法かと言われればそうでもなく、ディズニーがやっていた事を少しアレンジしただけなんだよね。

かつて映画というのは今以上に一過性の娯楽で、公開時期が終わればすぐに人々の記憶から消えていった。というのも、映画は映画館でしか見ることが出来ず、純粋に公開から1年も経つと見る手段が無くなってしまうから。そしてその数少ない例外がディズニーアニメで、定期的に再公開されていたから人々の記憶から消えることはなかった。

そうなると映画と違って長い期間残るテーマパークでは、一つの映画に頼った物はあまり作られず、乗り物を作っても大抵が映画の物語を再び語るものやモチーフだけを取り出したもの。このハリポタエリアみたいな"映画を見ていないとあまり楽しめないエリア"なんてもっての外。だっていつその映画が忘れられるか分からないから。だからディズニーもユニバーサルもエリアの設定は普遍的なものにして、個々の乗り物に映画色を入れていった。

でも時代は変わった。この数十年で映画を見る方法は急激に増えた。ビデオデッキ、DVD、Blu-ray、そしてインターネット。映画を見るハードルが一気に下がり、人気のある映画なら長く愛されるようになった。ハリポタだって、もう1作目の公開から20年近く経つが家で簡単に見ることができる。そうなるとユニバーサルに行くから映画を観てみよう!と、映画とテーマパークの相乗効果が気軽に楽しめるようになった。その変化に真っ先に気づいたのがユニバーサルだったわけ。かつて乗り物にひたすら集中しエリアの設定はおざなりだったのを変え、ディズニーらしく雰囲気作りにもこだわる。ハリポタという最高の物語がそこに加わり、このエリアは最高のエリアに化けた。

一足遅れてこの変化に気づいたディズニーだが、負けてはいられない。ここ数年に出来た新エリア、これから出来る新エリアの一覧を観てもらえばわかるが、どれも特定の映画を基にしたものになっている。だってディズニーは10年前とはもう違う。映画シリーズの歴代興行成績ランキングでウィザーディング・ワールド(ハリー・ポッターとファンタスティック・ビーストを合わせたシリーズ名)は第3位。第2位はスター・ウォーズ、そして第1位はマーベル・シネマティック・ユニバース。驚くことにこの2つはどちらもディズニー所有の作品なのだ。わざわざ20世紀FOXからアバターという作品の使用権を得ていた頃とはわけが違うのだ。(今はそのFOXすらディズニーになりかけてるけどね...)

このエリアは確実にユニバーサルどころかディズニーまでも変えた。だからこそ僕はこのエリアが末恐ろしく思うし、はちゃめちゃに凄いと思うのですよ。